運命の人の六つ目の条件

 

運命の人、愛、
⑥相手がよきライバルであったりする

ところで、みなさんのなかには
こう考えている人もいるのではないでしょうか。


「波長が合わない人は運命の人とは呼べないのか?


結論からいわせていただくと、
一つだけ例外があります。


それは、相手があなたのよき
ライバル好敵手である場合です。

 


あなたはこれまでの人生を振り返ってみて、
他人に対して
次のような感情を抱いたことがありませんか。


「同級生のA君だけには
勉強もスポーツも負けたくなかった。


負けたときはずいぶんと悔しい思いをしたが、
どことなく、憎めないところもあった」


「同僚のB君だけには出世争いで後れをとりたくない。


でも、卑怯な手を使ったり、相手
を陥れたりしてまで打ち勝とうとは思わない。

 

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できれば正攻法で勝負したい」
「あいつが転校(退職)したとたん
なぜか急にやる気がなくなった。


何か張り合いがない
このように良い意味でライバル意識が燃やせる相手がいたら、


その人は、あなたという
人間の魂、すなわち人格や能力を高めるために


あなたの前に現れた
運命の人であると考えていいでしょう。


それは相手も同じこと。


あなたと競うことによって自らの魂を高め、
向上しようとしているのです。


千代の富士の話をしましたが、
その師匠である元横綱北の富士も


ライバルの重要性について、
次のように説いておられます。


「自分の場合、玉の海というライバルがいたからこそ、
発奮できたんです。


だから横綱にもアベック昇進できたんです。


でも玉の海が現役で亡くなったとたん、
やる気がなくなっちゃったんですね。


もし彼が亡くならなければ、自分だって、
もっともっと現役でいられたかもしれません」


その北の富士は大関時代、
クンロク大関と呼ばれていました。


生来の遊び好きと稽古嫌いがたたったのでしょう。


どの場所もだいたい
九勝六敗という成績で終わっていたからです。


そんな北の富士が身を入れて
稽古するようになったのは、


ライバルだった大関玉乃島
(横綱昇進後、玉の海に改名)が


次期横綱の最有力候補とマスコミから
騒がれたのがきっかけとなりました。

 

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「玉乃島だけには負けたくない。


次期横綱の最有力候補はこのオレだ」
以来、北の富士は連日猛稽古するようになり、


その甲斐あって連続優勝を成し遂げ、
二人は横綱に同時昇進するのです。


ちなみに二人は何もかもが実に対照的でした。


北の富士が雲竜型の土俵入りに対し、
玉の海は不知火型の土俵入り。


戦法も北の富士が左四つに
対して、玉の海は右四つの
「ケンカ四つ」でした。


細かくいえば、相撲だけでなく、
性格・価値観・趣味も、すべてが正反対だったのです


(ちなみに対戦成績もまったくの互角)。


もっとも、これがファンの心にふれたようで、
毎場所、満員御礼の垂れ幕が下がりました。


併せて、二人は土俵上においても熱戦を繰り広げ、
場所ごとに交互に優勝するなど、
相撲人気にいっそう拍車をかけました。


しかし、残念かな、
二人の黄金時代はそう長くは続きませんでした。


横綱在位十場所目にして、
玉の海が病気で急逝してしまったからです。


このニュースを知った
北の富士は恥も外聞もかなぐり捨て、
報道陣を前に男泣きに泣いたといいます。


ライバルが突然亡くなり
悔ゃんでも悔ゃみきれないものがあったのでしょう。


以上は相撲の例でしたが、
運命の人がよきライバルであるケースは
古今東西枚挙にいと まがありません。


宿敵武田信玄の死を誰よりも惜しみ、
三日間喪に服したとされる上杉謙信、


後世に残る天覧試合を演じた
長嶋茂雄選手と村山実選手、


数々の名曲づくりを競い合った
ジョン・レノンとポール・マッカートニーなどは
その典型といえるでしょう。


フィクションの世界とて例外ではありません。


『あしたのジョー』があれだけ好評を博したのは
矢吹丈に力石徹という宿命のライバルがいたことも


大きな理由のひとつでしょう。 力石徹と出会わなければ、
彼はボクシングの世界に足を踏み入れるどころか、
一介の不良 少年のままで終わっていたかもしれないのです。


『巨人の星』の主人公星飛雄馬もしかり。


花形満や左門豊作という宿命のライバルなくして
大リーグボールの誕生はありえなかったのです。


さあ、あなたも自身の向上のために
ライバルと呼べる人間が現れたら
大いに歓迎しようではありませんか。


ライバルを歓迎することは、
ほかならぬ自分自身の
輝ける未来を歓迎することになるのです。

 

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