「理想の人」と「運命の人」はどう違うか?

 

運命の人、因果の法則、

 

では、色メガネで判断した人、
いわゆる理想の人と運命の人は、具体的に、


どこが、どう違うのでしょう?


これについて述べると、理想の人というのは、
あなたの理性が「いいな」と判断した異性をさし、


「いいな」という思いは身勝手なこだわりや
見栄からくる条件だけで成り立っています。

 


だから、相手との心のつながりは二の次、
三の次となり、
場合によってはまったく無視されてしまいます。


そのため「髪の毛が薄くなってきた」
「シワが多くなってきた」


「リストラにあい、エリートコースから外された」
「諸事情により、相手の両親と同居することになった」など、


求めていた条件が崩れたり悪化しようものなら、
理性が拒否反応を起こして、
とたんに嫌 気が差してしまうわけです。

 

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「あんなに仲のよかった二人が何で急に別れたのだろう……」
という話をよく耳にしますが、
これなどはその典型といえるでしょう。


ところが、運命の人というのは、
先にも述べたように


その人の心の奥底にある潜在意識が
「いいな」と判断した人をさし、


「いいな」という思いは相手に求める条件とは
一切関係のないところにあります。


つまり、お互いの波長が合うため、
安堵感に浸ることができ、
そこから「いいな」という思いがわき起こるわけです。


したがって、どんなに条件が悪かろうが、
相手に対する思いは永遠に変わることがないのです。


なお、これは異性に限らず、
同性ービジネスの世界においても同じことがいえます。


情けないかな、多くのビジネスマンは、
「常務は次期社長候補だ。

 

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専務よりも常務と親しくしたほうがいい」
「あの人は〇〇に顔が利く。今のうちに取り入っておこう」


「あいつは金がない。


つきあうだけムダだ」
「あの男はしょせん下請け業者にすぎない。


つきあっても得することはない。


適当にあし らってやれ」 と、己の欲得、
すなわち自分にとって有利な条件だけで


人を判断するところがありますが、
こういう考えは大いに間違っています。


自分との関係・都合だけで、
人を判断していると、


これまた運命の人と遭遇できないといっていいでしょう。


逆に、誰に対しても分け隔てなく、
「この人とは何となくウマが合うな……。


考え方が 似ているな……」「人生観や価値観が合うな……」


「一緒にいると、愉快な気分になれるな ……」


「この人に協力してあげたいな……」


という気持ちを大切にしていけば、
ある日、 意外な人が
運命の人であることを肌で実感できるようになるのです。

 

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